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映画「長州ファイブ」歴史映画の退屈さと特権階級が文明開化させた限界 [映画]

2007年2月に公開された、この映画のことは、友だちから聞いていた。
日本の歴史映画は、結末が分かっているので、あまり好きじゃない。
だから、この「長州ファイブ」も、特に、見る気は無かったが、
たまたま、CATVでやっていたので、なんとなく、見てしまったのだった。

予想通り、まず、前半1時間の、退屈なことったら、なかったぜ!
幕末の騒動やら、攘夷が、なんたら、かんたら、退屈極まりない。
そして、いずれ、到達するに決まっている、イギリスまでの、
蒸気船の航海を、延々とやられて、見ている私は、欠伸の連続だった。

折角、松田龍平さん、山下徹大さん、北村有起哉さん、三浦アキフミさん、
前田倫良さんという、有望な若手俳優を起用しているのに、もったいないなあ、
と、思い、いい加減、TVのスイッチを、切ろうか、とも思った。

しかし、後半、松田さんが演じる、山尾が中心となった話になっていき、
これは、少しはマシな展開になるかと思って、我慢して、最後まで、見たんだ。
そしたら、安っぽいメロドラマの域を出ず、しかも、尻切れトンボだった。
トホホ・・・・・

この映画の目的として、現代日本の若者たちに、カツを入れることが
あったのかどうか、それは、分からないけど、文明開化というか、
技術革新という意味では、もう、世界に学ぶ国がない日本の、
若者たちのこころに、どこまで訴えるのかどうか・・・・・・・

明治維新は、日本の大きな転換期であったし、そこから、学ぶことが
多いのも事実だ。
しかし、それ以降、富国強兵に励んで、軍備を増強し、日清・日露戦争に
勝利して、軍国主義の帝国日本になっていったことを考えると、
100%手放しで、明治時代の発展を、肯定だけする訳には、いかないだろう。

そこに、何の反省も無く、ただ、ただ、明治の偉人たちを、賞賛してみても、
私には、なにか、腑に落ちないものが、多く残るのは、当然だ。
もちろん、日本が、近代国家にならず、列強各国の植民地になればよかった、
などというつもりはない。日本の近代化を、全否定する必要は、無い。

問題は、何が良くて、何が悪かったか、を、いつも、常に、
検証しつづけることが大切だ。21世紀に入った現代から見たら、
明治維新とか、産業奨励、富国強兵が、どういう意味があったのか。

この映画の脚本家は、そこに気づいていたと見えて、
長州ファイブが渡った、当時のロンドンで、いろいろな社会問題が
起きていることを、彼らに、知らせて、見せた。
当時の日本より、格段に進歩しているイギリスにも、問題が多いと。

特に、会話が不自由な、英国女性・エミリーと知り合った山尾は、
そういう問題を、一番、多く知ったように、私は、この映画で、認識した。

で、その山尾は、どうしたかというと、そんな社会問題には、無関心で、
ひたすら、造船技術を、学び続けるだけだったのだ。
そして、慕ってくるエミリーに、冷たく、もうすぐ、日本へ帰る、と、
言い放つのだった。この、かなり冷たい仕打ちに、私は、失望したね。

山尾が、エミリーと結婚して、イギリスに帰化して、「物をもたざる者」
の味方になった、というのなら、素晴らしい話なんだけどね。

でも、そりゃあ、無理ってもんだぜ。歴史映画だからさ。
それに、いままで、支配階級で、特権階級だった、武士が、
ちょんまげを切ってみせても、心の中まで、その傲慢さを変えることは、
できなかったのだ。

そして、伊藤博文に代表されるように、長州ファイブは、みな、新政府の
中心人物となっていったのだった。そうなるのが、見えているから、
前半の命がけの渡英も、色あせてみえて、仕方が無かった。

まあ、山尾だけは、ちょっと、毛色が違って、東大工学部設立や、
会話が不自由な人々の協会を作ったりして、地味だけどね。もしかしたら、
山尾を中心的に扱ったのは、脚本家や制作側の免罪符だったのかもね。

この映画を、私が見て、考えることは、以下の通り。
先進国となった現代日本が、世界に教えることは、無いのか?
先進国となった現代日本が、なお、世界から学ぶべき、大切なことは、
本当に、無いのか? 

この映画を見て、そこまで、具体的に、考えることが出来る
日本の若者が、多数出れば、この映画が制作された価値も、あると思う。
果たして、実態は、どうなんだろうか????







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