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映画「遠くの空に消えた」中途半端なファンタジー映画に行定監督の限界を見た [大後寿々花]

行定勲監督の作品は、正直、いいとは、思っていない。
「きようのできごと」は、ちょっと、変わっていて、面白かったけど。
セカチューや「北の零年」は、ちょっと、どうもね・・・・

だから、2007年8月に公開された、行定監督の
映画「遠くの空に消えた」も、そんなに、期待していなかった。
ただ、大後寿々花さんが、出演している、という興味だけで、新作DVDを
レンタルしてみた。ファンタジーであることは、かなり、覚悟したつもりだ。

で、確かに、ファンタジー映画だった。でも、中途半端なものだった。
空港のコンクリートに、埋もれたスニーカーを、題材に、
空港建設反対とか、わずかな現実の、粗筋は、あったような気がしたが、
もちろん、私の、勘違いかもしれない。
ストーリーがないと、覚悟していたので、その点は、云々しない。

じゃあ、私は、つまらなくて、寝てしまったか、といえば、ちょっと、
そうなりそうな時もあったけど、なんとか、144分の、この映画の
長丁場を、乗り切ったのだった。自分を、褒めて、あげたい・・・・
やっぱ、長すぎるぜ、ファンタジーだけで、144分は!

寿々花さんが、どうだったかというと、うーん、十分、使われていないね。
とても、可愛らしくて、眼が澄んでいて、それは、良かったのにね。
行定監督は、父を亡くした少女・ヒハルで、何を伝えたかったのか、
よく分からなかった。
ついでに、書いておくと、神木隆之介さんの、使い方も、イマイチだった。

父を信じて、いくことが、大切と、言いたかったのか??
いや、父だけじゃなくて、人間を信じることが、大切。

まさか、UFO話を持ち出して、夢は大切、なんて、陳腐なことを、
言いたかったんじゃ、ないよね???
まあ、あの天体望遠鏡だけは、面白かった。私も欲しいな。

「遠くの空に消えた」ものを、行定監督は、懐かしがっているだけなのか?
さらに、大人になった、行定監督が、子供に戻って、やってみたいことを、
羅列しただけなのか??

空港建設が、奪った、草原や、林や、多くの動物たち。でも、
この映画に、自然を守ろうという、メッセージが出ているとは、思えない。
ただ、懐かしがるだけの、無力なスタンス・・・・

立小便、牛糞バクダン、検便、等々のイタズラ。
夢精や、初恋の挫折。
とっても、愉快で、面白いけど、いつの時代の、誰のエピソードか、
分からない、気持ち悪さ。やはり、行定監督のノスタルジアか。

ハト屋敷の、ハト男。伝書鳩を飼いたいと、行定監督は、思っていたのか。
いや、飼ったことがあるのか。いずれにしても、私は、ハトに興味はない。
ただ、ハトを殺戮するシーンを、入れて欲しくなかった。必要だったのか?
ファンタジー映画だからって、わけじゃないけど、そういうので、
現実に、引きも戻されるのはイヤだ。

風景は、とても、綺麗な映像が、多かった。こういうのは、行定監督も、
得意なのかな。ともかく、絵になる。
空港反対派の集会での、楽団音楽のシーンの、賑やかさも、絵になる。
こんな集会は、現実には、有り得ないけどね。
反対派たちの、デモ行進も、絵になったね。
行定監督は、無意味でも、そのシーンでの、絵を作るのは、上手だと思った。

背中に、作り物の羽根を付けた男は、いったい、なんだったのか??
空を飛びたかった、行定監督の、過去の願望か。いや、今の願望かも!?
それに憧れる、学校の先生(伊藤歩さん)も、なんだったのか??
伊藤さんも、もっと、うまく使って欲しかったな。

空港建設の責任者は、建設予定地の出身という、設定の無意味さ。
その責任者を演じた、三浦友和さんの、演技の、レベルの低さ!!
彼の演技は、ファンタジー映画じゃあなくて、一人だけ、
ドキュメンタリーぽく、場違いな演技をしていた。

同じベテラン俳優でも、地主を演じた、石橋蓮司さんは、その辺りを、
よく、心得ていて、必死になりがちな、空港建設反対派のイメージを、
緩和してくれたんじゃないか、と、感心した。

最近、人気の、小日向文世さんも、いい味出していたね。
あの求愛のダンスのシーンがあったので、この映画は、救われた。

ベテラン女優の、大竹しのぶさんは、お飾りの役柄で、ちょこんと、
座っていたけど、あの啖呵は、よくないねえ! 
シャレにならない。ファンタジーにならないし・・・・・

あれで、いっぺんで、醒めてしまったよ、私は。
明石家さんまさんの怯えた顔が、私の脳裏に浮かんでくるような、
半端な演技じゃ、どうしようもないぜ!!

ミステリーサークルのオチは、まあ、どうってことなかった。
これで、この映画が、面白くなったとも、思えない。
結局、空港は、出来てしまったんだし・・・・・
行定映画は、今後も、苦難の道を、歩みそうだ。







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TVドラマ「美ら海からの年賀状」大後寿々花の演技が秀逸だった [大後寿々花]

12月14日(金)夜9時から、フジTVで、「美ら海からの年賀状」という、
単発ドラマを見た。

数年前、沖縄へ行ったとき、美ら海水族館を訪れ、ジンベイザメの
雄姿に、強く、感動したしたことを、覚えている。
私は、あまりの感動で、巨大な水槽を前に、立ち尽くしていた。

そんな、美ら海水族館に関する、TVドラマだというので、
これは、是非、見なくては、と思い、2時間、真剣に、見た。

主人公は、一応、館長の浦崎(時任三郎さん)で、この館長が、
あの巨大な水槽に、ジンベイザメを、複数、飼育しようとした、張本人だ。
そして、その館員の一人に、国仲千尋(比嘉愛未さん)がいた。

時任さんは、持ち前の軽さを前面に出して、リーダーシップを発揮する
浦崎館長を、演じていたが、まあ、及第点だろう。
ただ、娘・エリに対する、父性みたいなものが、弱かった気がする。

比嘉さんの演技は、どうなんだろう、上ずった演技で、千尋の気持ちが
伝わってこなくて、とても、上手とは思えなかった。
折角、故郷の沖縄でのロケなので、もうちょっと、気持ちを入れて、
どっしりした演技を、して欲しかった。

私は、てっきり、本命の主人公は、比嘉さん演じる千尋かな、と思っていたが、
実は、このドラマの主人公は、浦崎館長の娘・エリ(大後寿々花さん)と、
北海道で、闘病を続けている、少年・森田和也(須賀健太さん)だった。

寿々花さんの演技が、一番良かったかな。表情豊かな、存在感あふれる
演技は、ますます、冴えていて、父親に対する娘の気持ちや、
和也に対する優しさ、など、見ていて、良く伝わってきた。
あと、ドラマの進行に応じて、寿々花さんが、いろんな髪形で出てきたのが、
とても、可愛らしかった。

健太さんも、ちょっと、スネた、和也少年を、好演した、と思う。
闘病が長いので、どうしても、ひねくれてしまう、和也。
しかし、浦崎館長の前向きなスタンスや、エリの励ましなどで、
少しずつ、元気になっていく過程が、感動的だった。

正月を前に、年賀状の重要性を、強調する、このドラマ。
郵便配達を、必要以上に美化する、ドラマの展開。
日本郵政と結託しているのか、なんとなく、違和感があった。

私が感動した、美ら海水族館が、どうやって、完成に、漕ぎ着けたのか。
館長の発案に、館員が、全員反対したなんてのは、事実とは思えない。
ドラマのフィクションだろう。

でも、一見、無理に思えたり、不可能に思えたりするテーマに、
諦めないで、チャレンジしていく、という展開は、快かった。

私が好きな言葉に、人は、達成可能な目標しか、思いつかない、というのが、
ある。えーっ、ウソだろう、そんなん!!! というかも知れない。
でも、この言葉、かなり、本当だよ。

このドラマの、浦崎館長が偉い、と思うのは、目指すべき目標が、
明確だったからだ。柱の無い、大きな水槽に、ジンベイザメを複数、飼育したい。
なんという、壮大で、具体的な、夢なんだろう!!

このドラマでは、省かれてしまったが、60cm厚のアクリル板を、
開発した人たちにも、目標を達成した、殊勲賞をあげたい。それがないと、
ジンベエザメの雄姿全体を、見ることは、出来なかったのだから。

水族館の問題と、和也の病気の、治癒の問題を、にわかに、同一視はできない。
人間にとって、難病は、まだ、明確な目標設定も、難しい。
だから、和也が捨て鉢になるのも分かるし、和也の母(菊池桃子さん)の
気持ちが、揺れ動くのも、もっともだ。

それでも、簡単に諦める癖が付いていた、和也を、前向きにしてくれたのは、
浦崎館長が中心となって、実現した、一見、不可能なジンベイザメの複数飼育と
その他の多くの魚との共存だ。

このドラマで、漁師・島袋(西村雅彦さん)も言っていたが、狭い水槽に、
多くの魚を閉じ込める、水族館の正当性については、おそらく、いろいろ、
議論は、あるだろう。

でも、漁師でもない、スクーバ・ダイビングもやれない、私は、
美ら海水族館がなければ、あの、ジンベイザメの、荘厳な、泳ぐ姿を
一生見ることは、できなかっただろう。
美ら海水族館の、リニューアルに関わり、その後、運営している人たちに、
深く、感謝したい。






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芸者の映画「SAYURI」子役がリアルな演技 [大後寿々花]

2005年12月に公開されたアメリカ映画「SAYURI」を見た。
原題は、“Memories of a Geisha”だ。
そう、もう世界共通語になっているゲイシャが、主人公の映画だ。

私は、特に、芸者に興味があるわけではない。
どうせ、ろくでもない裏の世界に生きる、流浪する女という認識だ。
ただ、アメリカ人が作った、芸者の映画、ということには、興味があった。

この映画を見始めて、主人公の千代を演じた
大後寿々花ちゃん(撮影当時は、多分、11歳かな)の演技に
見入ってしまった。

寿々花ちゃんの演技は、ちょっとストイック過ぎるという意見もあるかもしれないが、
貧しい魚村で育った、薄幸の女の子が、運命に流されて、
芸者の置屋で下女として、生きている姿を、リアルに演じてみせた。

いい役者というのは、表情に、奥深いものを感じるが、
この寿々花ちゃんの表情も、そういう憂いに富んだ、いい表情だった。
なんか、デビュー当時の池脇千鶴さんに、通じるものを感じた。

この千代が、紳士(渡辺謙さん)に声をかけられ、氷をご馳走になる。
それをきっかけに、千代は、芸者の世界に入っていくことを決心する。
また、渡辺さんか、という倦怠はあったが、ハリウッドなら仕方がない。

そして、千代が成長して、さゆりという芸者になる。
この成長した千代=さゆりを、チャン・ツィイーさんが、演じている。
うーん、日本独特の芸者を、東洋人とはいえ、外国人が演じるとは・・・・
日本には、さゆりを演じられる女優がいないというのか(まあまあまあ、押さえて)。

チャン・ツィイーさんは、一生懸命、芸者を演じていたことは、認める。
ただし、身のこなしが、全然、違うんだな。
特に、足腰の動きが、違う。仕方ないけどね。

で、この映画のストーリーなんだけど、
戦前の、昭和の、芸者の生き様を、克明に描いている。

千代は、貧乏で生きていくために、芸者の道を選んだのかもしれないが、
芸者の人生は、スケベな男に、翻弄されていく人生だった。
いい芸者の人生とは、超お金持ちの旦那の愛人になることだ。

そのためには、嫌いな旦那とも、仲良くやらなければならない。
芸者は、身体を売らない、なんて、置屋のおかあさん(桃井かおりさん)が
言っていたけど、そんなこと、ないぜえーーー。

第一、バージンを高値で売ったりしてるじゃないか。
まあ、踊りとか、三味線とか、小唄とか、気の効いたお喋り、とか
できなきゃ、高級芸者には、なれないんだけどね。

ともかく、恋も愛も捨てて、嫌いな男の2号さんになることが目標だとしても、
芸者の道を生きていく、というのは、確かに、一つの生き方だ。
自分の思い通りにならない芸者の人生に、諦観の美学を感じる部分もある。
それで、終わってくれれば、この映画に、1つのメッセージを感じただろう。

ところが、この映画は、さゆりが、会長と呼ばれる紳士と、
結ばれて、幸せになってしまうという結末だったので、シラケてしまった。
なんじゃ、そりゃ!!!!!
芸者って、そんなもんじゃ、ないだろう!

最後の最後で、アメリカ人が創った、芸者映画の限界が、出てしまった。
この「SAYURI」にしろ、「ラスト サムライ」にしても、
アメリカ人は、日本を理解できないことを示した映画だなあ、と
しみじみ思った。


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